試訳の裏側:ソログープ「ひ弱な少年」


2014年01月25日最終更新

 前回の「小石の冒険」での疲労感がやや回復してきたので、また調子に乗って二作目。今回は「ひ弱な少年」。
 既存の翻訳では「かよわい子供」や「弱々しい子供」 と訳されているが、мальчнкだし、普通に「少年」で良いかなと思った次第。


作品の出典:
<<Собрание сочинений в восьми томах  ТОМ 2. МЕЛКИЙ БЕС>>収録、<<Заклятие стен>>Сказочки項目内<<Нежный мальчик>>
 БИБЛИОТЕКА РУССКОЙ КЛАССИКИサイト内、Федор Кузьмич Сологубのページより)




 辞書としては、
  Glosbe - 多言語オンライン辞書
  Wiktionary, the free dictionary
  『パスポート初級露和辞典』(白水社) にお世話になりました。

 文法書としては、
  『NHK新ロシア語入門』(日本放送出版協会)
  『パスポート初級露和辞典』(白水社) にお世話になりました。

 加えて、既に存在している以下の日本語訳を参考にさせていただきました。
 「かよわい子供」 前田晁・訳(『ソログーブ童話集 影繪』収録)


 以下、翻訳中の七転八倒ぶりを記載しております。基本的に無謀なのです。
 指摘等はいつだって歓迎しております。





 

注:色つき文字部分は、私(春色)の独り言。
太字は原文、もしくは最終的な日本語訳。



Нежный мальчик

メモ
нежный:(気持ちの)優しい、ひよわな
мальчик:男の子、少年

 先ずはタイトル。そのままひ弱な少年で。
 

Жил нежный мальчик.

メモ
жнть(←Жил:過去形・男性単数形):住む、生活する、生きる(不完了体)

 ひ弱な少年が生きていました。……暮らしていた、とか、生活していた、と訳すには生活感が皆無なんだよなぁ、今回。
 でも「生きていました」にすると大層すぎる。うーん、ひ弱な少年がいましたで良いかな。


На него с самого начала надели стеклянный колокол, чтоб мухи его не обижали.

メモ
На+対格:…の上へ、…へ<行き先>
с+対格:…くらい、およそ…
с+生格:…(の上・表面)から、…から<場所・位置>、(時間的に)…から、…以来
сам(←самого:男性単数形・対格or生格):…自身、…そのもの、自分で
начать(←начала;過去形・女性単数形):始める(完了体)
 → начинать(不完了体)
началo(←начала:生格):始め
надеть(←надели:過去形・複数形):<<…を[対格]…に[на+対格]>>着せる、(カバーなどを)被せる(完了体)
 → надевать(不完了体)
стеклянный:ガラスの
колокол:鐘
чтоб:(従属文中の動詞は、主語が主文の主語と一致する場合は不定形、そうでない場合は過去形になる)…するために、…であることが(必要だ)、…するのではないかと
муха(←мухи:複数形):ハエ
обижать(←обижали:過去形・複数形):侮辱する、怒らせる(不完了体)
 → обидеть(完了体)

 正直、構造が分からないよこの文章。
 何でначала наделиと動詞が連続してるんだよ。 どちらも過去形だけれど、前者は女性形だし後者は複数形だし。
 普通に考えれば主語が違うから、となるのだろうが、その主語が分からん。というか主語に値する名詞がない。
 となれば、無主語文だと判断して、複数形となっているнаделиがこの文章のメインの述語と見た。しかしначалаはどうしよう?
 女性形の名詞なんてмухиしかないんだけれど。でもこれ複数形になっているから、文法的にも無理だよ?

 そもそもс самого началаの部分、丸っと要らないような。
 この不要感のある一節を一つの意味の塊と見れば良いのだろうか。このсамогоが指すのはмальчик(男性名詞)なのは確実だから、началаの意味上の主語になることは出来ない。
 ならば目的語なのだろうと、勝手に飛躍してみる。となれば、「彼自身が始められた」的な意味と成り(注:だんだんと朦朧としてきております)、つまり「生まれてからずっと」的になるんじゃないかな。
 ……既存の翻訳を見て見よう、うん。

生まれた時に、蠅にせせられないやうにといふので、釣鐘形のガラスの瓶の中に入れておかれた。「かよわい子供」 前田晁・訳、『ソログーブ童話集 影繪』 p.82

 朦朧の末に見いだしたにしては、割と的を得た可能性が。началаが女性形なのは、始めた(生んだ)のはこの少年の母親(女性名詞)だからだよ! とテキトーに言っておこう。 
 一応ケリが付いたので訳してみよう。
 彼の上に、彼が生まれた時から、ガラスの鐘が被せられた。ハエが彼を侮辱しないために。

 前半に気を取られていたが、後半にハエが侮辱するなんて、凄い強烈な文章が来ていた。
 侮辱って。気持ちは分からないでもないけれど、インド映画『マッキー』を思い出しちゃうぞ。ロシア語表現としては普通なのだろうか?
 えーっと、ハエにたかられないようにと、少年が生まれた時に、彼の上に鐘型のガラスが被せられましたで良いかな。
 стеклянный колоколはそのまま訳せば「ガラスの鐘」だけれど、それだと意味不明なので形容の主従を逆転させて「鐘の形をしたガラス」とした。
 素材はガラスで、それがたまたま鐘の形をしているだけなのだから、形容詞となるべきは鐘колоколだと思うのだが、ロシア語では違うのかな。形が重視される的な?

 後気になるのは、動詞の完了体/不完了体の使い分け。
 前文のжнтьが不完了体なのは、この物語の舞台である過去のある時点では「生きている途中」だったからだと思うんだ。
 今回の文を見ると、
начатьнадетьが完了体なのに対してобижатьは不完了体。
 前者の二つの動詞(始める、被せる)はこの時点で既に完了しているが、後者の動詞(侮辱する)は進行途中。つまり今でも彼はガラスの外に出されるとハエに侮辱される恐れがある……ということなのかな。 


Так все и жил мальчик в колоколе.

メモ
так:ということは、それなら
все:全員、皆、全ての人

  всеиを正当に扱おうと思うと、どうして良いのやら。要するにжилの強調なんでしょ、コレ。
 と言うわけで、「つまり、少年は生まれてからずっと鐘の中で暮らして来たのだ」で良いかな。
 でも鐘だと分かりにくいので、前文を踏まえてつまり、少年は生まれてからずっと、ガラスの容器の中で暮らしてきたのでしたで。


Вот видит мальчик, — береза шатается.

メモ
видеть(←видит:現在形・三人称単数形):見える(不完了体)
 →увидеть(完了体)
берёза:白樺
шататься(←шатается:現在形・三人称単数形):揺れる(不完了体)
 →шатнуться(完了体)

 げ、現在形だ、と……!? 何故ここに来ていきなり現在形に。過去形なら語尾変化簡単なのに……って違う、問題はそこじゃない!
 いや真面目な話、なんで突然に現在形になったんだろう。うーん、分からないや。
 分からないので、放置して進もう(酷い)。
 「少年は傍に見ました、――白樺が揺れる」。えーっと、このハイフンの前と後が=で結ばれるんだよね、たぶん。
 つまり、少年が見たのが、白樺が揺れる様だったと。じゃあ、少年は傍で白樺が揺れるのを見ました。 前文との流れのために、過去形に訳してみた。でも本当になんでこれ、現在形で書かれているんだろう。


 А он не знал, что это от ветра, — не знал ветра нежный мальчик.

メモ
знать(←знал:過去形・男性単数形):知っている、分かっている(不完了体)
 →узнать(完了体)
от:((+生格))…から、…(が原因)で、…あまり
ветер(←ветра:単数・生格):風
что:…であること、…と、…なほど、…なくらい

 また過去形に戻っているな。前文だけ現在形だった謎が深まるぞ。けれども、この文には謎はない。
 「と、彼は風が原因だとは知りませんでした、――か弱い少年は風を知りませんでした」
 ちょっとオシャレにそれが風のせいだとは、彼は知りませんでした。か弱い少年は、風を知らなかったのですとでもしておこうかな。 冒頭のАのことは見なかったことにした。


Он и сказал березе:

— Глупая береза, не шатайся, сломаешься.

メモ
сказатб(←сказал:過去形・男性単数形):言う、話す(完了体)
 →говорить(不完了体)
глыпый(←глупая:単数女性形):愚かな、くだらない、馬鹿な
шататься(←шатайся:命令形) 
сломаешься(←сломаешься:現在形・二人称単数形):割れる、折れる(完了体)
 →ломаться(不完了体)

 このиもその直後に来る単語の強意と取って良いのかな。ぶっちゃけ日本語でも、こんな細かいところまで自信を持って用法を答える自信無いわ。
 なんて個人的な嘆きは置いておいて、訳すと彼は白樺に言ってやりました。『馬鹿な白樺め。揺れるんじゃない。折れてしまうぞ』
 ……完全にシチュエーションから訳しております。не шатайсяで「揺れるな」との否定命令形だって時点までは問題が無い。が、その理由がсломаешьсяで、その結果を避けるためだって説明は一体どこに。
 手持ちのテキストをひっくり返してみたけれど、どこにもその手の説明を見つけることが出来なかったので、ちょっと保留。
 既存の翻訳でも同じように訳されているので、合っているとは思う。


Перестал дуть ветер, и береза не шаталась.

メモ
перестать(←перестал:過去形・男性単数形):(後ろに不定形を伴って)…しなくなる、止める(完了体)
 →переставать(不完了体)
дуть:(風か)吹く(不完了体)

  「風が吹くのを止めたので、白樺は揺れなくなりました」。別にこれでも良いけれど、こなれていない感があるので、風が止んだので、白樺は静かになりましたとでもするかな。


 А нежный мальчик обрадовался, и сказал:

— Вот и умница, что послушалась.

メモ
обрадоваться(←обрадовался:過去形・男性単数形):喜ぶ、嬉しく思う(完了体)
 →радоваться(不完了体)
умница:(口語)賢い人、利口者
послушаться(←послушалась:過去形・女性単数形):きく、言う通りにする(不完了体)
 →слушаться(完了体)

 послушаласьが不完了体だ、何故!? と発作を起こしそうになったが、よく考えたら、послушаласьな状態(少年の言うことを白樺が聞いている(と少年が勘違いしている))は、この時点では進行の途中なのであった。だから不完了体なのだろう。
 まぁ、こうやって後付けならなんとでも言えるよなぁ、と思わないでもないです、ハイ。これをリアルタイムで気をつけながら書くのはおろか、話すとか難易度高過ぎて無理な予感しかしない。

 翻訳は、一方、ひ弱な少年は嬉しくなって、言いました。『言う通りにするとは、こいつは賢い木だな』で良いかな。




 前の「小石の冒険」と同じく、因果律を勘違いする系統のお話でした。

 前回で懲りたのに、どうしてまた手を出してしまったのだろう。そう後悔する程度には面倒でした。
 翻訳すること自体は今回はそうでもなかったものの、この記事を書くのが相当に面倒だよ。

 まぁ、学習の記録としては良いかな……。


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2 件のコメント:

  1. こんにちは。おもしろいブログですね。初めて拝見しましたが。
    ロシア語に関して一点だけ。
    началаは動詞ではなく、началo(始まり)という名詞の生格です。
    с самого началаはセットフレーズのようなもので、そもそもの初めから、ぐらいの意味でしょうか。
    ロシア語の勉強、お互いにがんばりましょう!

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    1. コメントありがとうございます!

       末尾がлаだったので動詞だと思い込んでいましたが、名詞の生格だったのですね。
       ずっと気になっていたので、これでスッキリしました。
       コメント本当にありがとうございました。

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