アンソロジー『祈(百年文庫)』


祈 (百年文庫)
祈 (百年文庫)久生 十蘭 アルツィバーシェフ チャペック Mikhail Artsybashev

ポプラ社 2010-12
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 過去の記事をサルベージしておけば私が便利だというだけのシリーズ、今回も。一部抜粋。
 本書は百年文庫というなかなか面白いアンソロジーレーベル。名前の通りに百冊出ている。
 薄い上に文字が大きく、あっさりと読み終わってしまうので、読書からしばらく離れていた方のリハビリなどに最適。

 収録作は以下。
  ・「春雪」 久生十蘭
  ・「城の人々」 チャペック、石川達夫・訳
  ・「死」 アルツィバーシェフ、森鷗外・訳



 百年文庫56の『祈』に収録されている三編は、全ての作品に死が姿を見せる。
 死は過去として、あるいは未来として、そして突きつけられた現在として、濃厚な存在感を誇示して静やかに微笑む。
 だからこそ、祈るのかもしれない。死から逃れられぬ、そして未だ死を知らぬ者として、溜め息にも諦めにも似た吐息のように。


 アルツィバーシェフの「死」は、ストレートなタイトルそのままに、逃れられぬ死が黒々しい姿を誇示する物語。
 だが影が光なくしては生まれぬように、どれほど深い闇だろうともいつまでもそこに蹲ってばかりはいられないのだ。
 生きる者は、基本的に楽観的なのだろう。その明るさだけが、救いなのだ。

 医学士ソロドフニコフは日課の夜の散歩の途中で、偶然の成り行きから見習士官ゴロロボフの部屋に招かれることとなった。
 ゴロロボフのことを見下していたソロドフニコフだったが、ゴロロボフから死に対する容易ならざる問いを突きつけられ、頭に血を上らせる。
 だがゴロロボフの疑問、またそれに対する彼の確固たる解答が覆せないこと、確かに彼の言うとおりであることを認めざるを得なくなったソロドロニコフは、ゴロロボフが陥ったのと同じ死の暗闇に捕らわれることとなり……。
 ゴロロボフの選択、その一部始終に付き合うこととなったソロドロニコフの混乱と、それを塗りつぶすほどの避けられぬ暗黒。だがそこに突如差し込む光、けれどもそれには根拠がない、の眩さと逞しさが印象的だ。



 立てたひざの上に頭をのせ、目を閉じる。それから静かに立ち上がった時に見える景色は、いつもと違うように思える。
 それはきっと気のせい、あるいは単に長く目を閉じていたせいで光がより一層眩しく感じられるだけなのだろう。
 けれどもそんな錯覚がなければ、いつか終わる生を暮らすことなど出来はしないのだ。私は何かを一心に信じることは出来ないし、何かに必死に祈ることもない。
 だがそれでも、黒く重たい雨雲が去った後に差し込む光に安堵を味わい、嵐の後の静寂に感謝を覚える。そこに理由はない。

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