トークイベント「翻訳をめぐる散歩に出かけよう」 に行ってきたよ




 今更ながらに、11月15日大阪大学豊中キャンパスで開催された、トークイベント「翻訳をめぐる散歩に出かけよう」に行った話をつらつらと。



 国立大学というものは何故かどこも敷地が広くて、加えて門が複数あるもので。今回の阪大も開催場所がキャンパスの反対の端なんて惨事だったら嫌だなーと思っていたものの、実際は結構石橋駅寄りで一安心。
 イベントの内容は以前に書いたので割愛。
 こじんまりとした会議室的な場所での開催だったのだけれど、思った以上に参加者が居てビックリ。開催者である群像社さんもビックリしたくらいの人出だったそうな。
 資料が足りなくてお手伝いの人がコピーに走っていたのが印象的。
 どうでも良いが、私のお向かいさんが綺麗なロシア人女性で、ちょっとお得な気持ち。


 群像社の島田さんによる最初の挨拶の後、マイクを握ったのは中村唯史先生。 「ロシア語と日本語のあいだ:翻訳しているときに思うこと」。

 配られたプリントの冒頭に引用されているヴィゴツキーの『思想と言語』からの一節が、私が昔昔高校生だった時に英語の授業で読まされたものと同一で、変な巡り合わせに変な笑いが。
 文法事項も単語も疑問点はないのに、通して読んだら意味が分からない。問われているのは英語力ではなくて私の日本語力、否、思考力だ! って気持ちにさせてくれた問題だなぁコレ。 と言うか、これもしかしなくてもオリジナルはロシア語なのか?
 内容としては、思想は漠然とした雲のようなもので、言語は具体的、雨粒のようなものだというもの。
 要するに、思考と言語はぴったり重なるものではない、そして雨粒、言語を用いなければ我々は意思の疎通をすることは出来ない、というのが主旨のようだ。

 つまりはどうしたって書き手の思考と受け取り手の理解はズレる。それが言葉を異とするならば、更にだ。
 けれども翻訳者というのはその無理を通すのが仕事な訳で。その狭間で時として狼狽えるのが、翻訳者の宿命でもある。

 翻訳って何なのさ、と真面目に考えてしまう時というのは、翻訳が上手く行っていない時だという中村先生の言葉には思わず笑ってしまった。
 分からないでもないなぁ、その感覚。
 印象的だったのは、ロシア語から日本語に翻訳する時に、純粋にロシア語から日本語に訳せる時と、ロシア語を一旦思想に戻してからでないと日本語にならない時とがあるという話だった。
 学生時代にお馴染みの「英文を和訳せよ」なんて問題でもその二種類が存在することは実感してきたのだが、しかし文学作品でも前者の、そのまま訳せば大丈夫、なものがあるとは意外だった。
 ストレートに訳せるものなんて、和訳させるための出題文くらいのものだと思っていた。



 続いては、ヨコタ村上孝之先生の「二葉亭四迷の翻訳の謎を探る」。
 ちょうど『二葉亭四迷のロシア語翻訳』を読んでいるところなので、配られたプリントに載っていた実際の紙面がかなり嬉しい。
 翻訳文の合間に注として英語が記されていたりと、今見るとかなり奇異なものだが、けれども時代の要請により「翻訳とはなにか」「日本語とはなにか」との問に晒されることとなった二葉亭四迷が答えを出そうと足掻いた跡がそこに見える。



 次は話題が変わって、前田恵先生の 「映画の字幕 名訳・誤訳の味」。実際の映画のシーンも見ることが出来て、結構なお得感。
 英語圏の映画では翻訳ミスが時折指摘されるが、ロシア語からの翻訳はかなり優秀で、目立った間違いは今まで起こっていないそうな。
 とは言え『両棲人間』の、字幕を出すタイミング思いっきり間違えちゃいました現象は面白かった。あれを見た人は大混乱してしまいそう。
 ここでも『モスクワは涙を信じない』が登場。最後のエピローグの訳のダイナミックさ、というか謎のオリジナリティは一体。この映画、一度見てみたいんだよなー。




 続いてはロシア文学翻訳グループ「クーチカ」から片山ふえさん。 「ある翻訳チェック Before-After」と題しての、翻訳文の校正に関して。
 個人的にはこのグループの書く文章、なんかあんまり好みじゃないのよね……。なんだか赤を入れたくなってしまう、この気持ち。でも実際に私が赤を入れたら、元の文残らなさそう。
 まぁここら辺は日本語に関する美意識の問題で、つまりは個人の趣味の話になってしまうのだが。正しい日本語、とかどこにも存在しませんし。
 他人に自分の書いた文章を訂正されると凹む人がいる、との話はかなり意外。
 私は自分の書いた文章ですら後から訂正というか、「なんだこのクソ日本語!」と悶絶することが割とあるので、他人に突っ込まれてショックを受ける人がいるなんて想像したこともなかった。
 このブログの記事も、後から読み直して結構凹んでます(が面倒なので書き直さないという酷さの二重塗り)。



 最後は群像社の島田進矢社長の 「編集者の現場報告――誤訳の見つけ方」。
 大抵やらかすのは数字、との指摘には納得。数字って間違えるハズが無いと思っちゃうのよね、うん……。
 しかもロシア語からの翻訳作品は結構奇妙なものが多いから、桁が一つ二つズレていてもスルーしてしまいそうだ。まぁこれは私の偏見かもしれないが。




 島田社長が「このイベントは本を売るためにやってます」と宣言しておられたので、休憩時間にちゃっかり本を買う。
 割引価格で、凄く嬉しい。今後もまたイベント開催して欲しいなー。




 が、個人的に一番の収穫は、クーチカの『雑話集Ⅱ』。確か500円。ソログープを翻訳している人がいるんだよね。ね。そんな訳で写真中央が雑話集でなんかゴメンナサイ、群像社さん。
 Ⅰ・Ⅱに収録されているソログープ作品は既訳があるのだが、Ⅲのは初めての翻訳作品のようだ。なのでⅢが一番欲しかったのだが、この日は販売されていなかった。残念。
 そしてⅠはもう在庫がないようだ。仕方がない、大阪府立図書館国際児童文学館で読むか。あそこ貸し出しはしていないんだよねー。

 そういえば、国会図書館内でしか閲覧出来なかったデジタルデータに、大阪府立中央図書館からもアクセス出来るようになったそうな。府立中央だけではなく、この手の規模の図書館ならどこも可能らしい。
 これって凄く便利だよね。私なんてデジタルデータを見るために、二時間くらいかけて国会図書館の関西分館まで行ったぞ……。勿論、ソログープさんのために!
 でもまだ大阪住まいだからマシだよ。他の地方だったら交通費だけで死ねるわ。
 地方民でも情報にアクセス出来るようになったのなら、それはとても良いことだ。


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イベント情報:「翻訳をめぐる散歩にでかけよう!」

2 件のコメント:

  1. こんにちは、以前ゾシチェンコの本についてコメントさせていただいたものです。

    あの会に行っておられたんですね!僕も初心者ながら場違いな感じでいました。
    たぶん書籍売り場ですれ違ってたでしょうね(笑)。
    関西でやっていただけるのはありがたいですね!東京からやってきた人もいたようでしたが。
    数年前にもイベントがあったようなので、今後も期待したいですね。

    割引価格でおすすめの「ロシア文学鑑賞ハンドブック」購入しました。
    最初の十数頁を読んで撤収(笑)。片手間には読めません!
    前日には大阪ユーラシア協会で島田さんのトークイベントにも行きましたが、図らずも話題のアレクセービッチ代理人とのやりとりについてがメインでした。
    翻訳権の金額にいたるまで裏話を語っておられて面白かったです。

    あの短編集はⅢまで出てたのは初めて知りました!
    アフマートワのほうは買いませんでしたが…。

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    1. 南川さん、こんばんわ。コメントありがとうございます。

      南川さんも阪大のイベントに行かれたんですね。前日のユーラシア協会のイベントに私も行きたかったです!
      群像社さんの本が結構お買い得になっていたので、ロシア文学鑑賞ハンドブックあたりのお高めの本はお得感高かったですよね。
      本当に今後も期待したいです。

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